恋愛の彼方―第一章 中国興坪(シンピン)
12,400㎞、時差13時間の超遠距離恋愛私小説

中国の水墨画のような景色の中、悠々と川を下る「漓江下り」は、人気の観光スポットの一つ。その漓江下りの途中に「興坪(シンピン)」という小さな町がある。私たちはそこで出会った。
漓江下りの拠点となるのは、中国広西チワン族自治区に位置する桂林という都市だ。カルスト地形独特のランドスケープである、タワーカルストの合間をゆったりとクルーズできる漓江下りは、中国旅行のハイライトのひとつでもある。
通常、クルーズの終点となるのは陽朔という街で、ここは十年以上も前から西洋人旅行者で賑わう「バックパッカー天国」になっていた。ただし最近は、中国人の裕福層も多く訪れるようになり、西洋風バーと中国ローカルのナイトクラブやカラオケが乱立する、ちょっとした娯楽街となっている。
その喧騒に愛想をつかして、私はそれまで行ったことのなかった、近隣の小さな村「興坪(シンピン)」を訪ねてみることにした。
興坪は漓江下りの主要地点であるものの、まだそこまで観光地化が進んでおらず、少しサビれた感じの街並みが、川岸に小ぢんまりと形成されているだけだった。外国人観光客が泊まれるゲストハウスは数件しかなく、興坪にやってくる外国人は、みな示し合わせたようにごく限られた狭い地区に集まる仕組みになっている。
私が彼と初めて会話を交わしたのは、そのゲストハウスの屋上テラスだった。
天に向かって垂直にそそり立つ小丘の合間に沈む夕陽の光が水面に反射し、すべてがオレンジ色にきらめく屋上のテラスで、中国の田舎にしてはめずらしく十分に冷えたビールを飲んでいた。テラスには他に、スウェーデン人のカップルがいて、熟年のくせにやたらとベタベタいちゃついていた。
相手のことに夢中で景色などそっちのけ風のカップルに話しかけるわけにもいかず、ひとり持て余し気味に飲んでいた私の視界に、見たことのある西洋人が、階段を上がってゆっくりと姿を現した。
さっき、ゲストハウスの受付で見かけた男性だ。
彼がチェックインした時、私はちょうどレセプション横のラウンジをぶらぶらしていた。やや離れた距離から目が合って、少し笑ったのが分かった。
中国語と英語が話せる私は、西洋人がチェックインするときには簡易通訳をかって出ることもある。でも、このゲストハウスのレセプションはみな英語が堪能だったので、今回は黙っていた。
ゲストハウスの屋上テラスで、一人ビールを飲んでいた私に、彼は気さくに声をかけてきた。
「レセプションの女の子、英語上手だったでしょ」
私のことを中国人だと思っていた彼は、私が英語が話せるのを知って、少し驚いたようだった。私が日本人だというと、彼はさらにびっくりした。
彼は何か話しかけたそうにしていたが、私はスウェーデン夫婦に写真撮影を頼まれ、その日はそこで会話が中断された。
中国を旅行するときには、いつも青島ビールか、その土地の地ビールを飲むことが多い。安いし、軽いタイプが多いので、飲み過ぎる心配もないためだ。
でも、ときどき、のど越しが良すぎて退屈に感じることもある。
翌日は、宿泊していたゲストハウスの向かい側にある店で、安い中国ワインを見つけた。中国ワインは山東省煙台市や河北省のものが有名で、価格の割に意外と美味しい。カベルネソーヴィニヨンやメルローを使ったフルボディタイプも多い。
輸入物のワインもあるが、中国での海外ものは偽物が多く出回っている。だから私はいつも中国国内産を選ぶようにしていた。
どっちみち、これといってナイトエンターテイメントもない村で、夜はあまりすることがない。さっそくラウンジの共有スペースで一人、ワインを飲み始めることにした。
ゲストハウスには、他にも各国からの旅行者が宿泊していた。一階のレセプション横にある共有ラウンジでは、みな思い思いのことをして過ごしていた。アジア人顔の私は、西洋の旅行者には中国人にしか映らないらしく、あまり話しかけれることもなかった。それで、その夜も一人でワインを楽しんでいた。
「Can I join?(僕も、いっしょに、いいかな?)」
唯一、声をかけてきたのが彼だった。
「Sure.(もちろん)」と私が言うと、彼は受付でワイングラスを借りてきて、私の向かい側に座った。
前日は、あまり話ができなかった。その分を埋めるかのように、ワインを飲みながらいろんな話をした。
旅先で知り合う人とはいずれ別れる。だから、たとえ近い友人であってもそう気安く話せないことも、つい話せてしまうことがある。一種のセラピーのようなものかもしれない。
私は、彼がイギリス人であること、そして現在はカナダ、モントリオールに彼女と一緒に住んでいることを知った。
私は、知り合ってすぐ、彼が同棲している彼女のことをしゃべってくれたことにほっとしていた。旅行先では、その解放感からか、妙な誘いをかけてくる人もいる。
彼がはっきりと付き合っている彼女がいると告げてくれたということは、旅行者同士以上の関係を期待していないことだと思った。私の方も、旅行先での色っぽい関係は望むところではなく、彼もそのつもりで早々とパートナーの話をしたのだろうと解釈した。
彼は注意深く、でも大胆に、いろいろ質問してきた。彼の質問で私が不愉快に感じることはなかったし、彼の方から、多少プライベートな話題もふってくれるおかげで、私の方からも気楽に質問することができた。仕事のことや生活のこと、過去の経験も将来の希望も、思いつくあらゆる話題に渡っておしゃべりし続けた。
まもなくワインボトルが空になった。
「もうちょっと飲みたい?」
そう聞かれて「Yes」と答えたかったが、もうすでに向かいの店は閉まっている時間だ。
「僕、ビール買ってくるよ」
彼はそういって、ゲストハウスの受付で青島ビールを買った。
青島ビールが好きだという彼に、以前、青島市を訪れた時の話をした。
山東省青島市は旧ドイツ占領地で、青島ビールはドイツ人が作ったビール醸造所だ。以前青島ビール博物館を訪ねたことがあるが、まわりにはドイツ洋式の建造物もあり、なかなか趣があった。青島で泊ったユースホステルでは、アジア系の旅行者たちと仲良くなり、いっしょに青島ビールを飲んで楽しい夜を過ごした思い出がある。
一人旅に出た時、他の旅行者と交流するのは好きだが、あまりべったりとくっついていっしょに行動するのは好きじゃない。あくまでも自分のペースで観光したいので、いっしょに夕食をとるくらいならかまわないが、昼間までともに行動したいとは思わない。
だから、このとき彼に対しても、それなりの距離を保っておくつもりでいた。
その夜は、二人で三、四本ほど青島ビールを空けて、就寝した。ゲストハウスの共有スペースは夜十一時消灯と決まっていた。その時間になる前に、私たちもそれぞれの部屋に引っ込んだ。「明日いっしょにどこそこへ行こう」とふうな誘いを彼持ち掛けてこなかったことに安心した。
その次の夜。
二日続けてワインを飲むのはどうかと思い、今夜は青島で行こうと決めていた。夕食をとったあと、昨夜と同じラウンジのソファーで、ひとり青島ビールを開けた。
そこへ、また、彼がやってきた。昨日とほぼ同じ時間だった。
「今日はビール?」
といって、彼は自分用のグラスを持ってきた。「僕も、もらっていいかな」
彼と話をするのは楽しかった。
英語ネイティブでない私の英語もよく聞き取ってくれたし、アジア人だからとか、女だからといって軽視する雰囲気もない。とりわけ、私よりもはるかにたくさんの国をバックパック旅行してきた彼の体験談は、聞いていて飽きなかった。
その日訪れた観光スポットの話をして、明日予定している見どころを語り合った。翌日の計画を聞いても「いっしょに行動しよう」とは言いださない彼の、大人の距離感が心地良かった。
その夜は消灯時間の十一時ぎりぎりまでビールを飲んだ。何本飲んだかは覚えていない。お互いボトルが空いたら、どちらかが交互に受付で買うというシステムが出来上がっていた。
消灯時間になって部屋に戻ろうとすると、
「明日の夜も、ここで飲んでる?」と聞かれた。
「多分」と答えたが、本当はそう確信していた。
彼は「OK」とだけ言い、約束事はしなかった。私は、明日の夜もし彼が現れなかったら、自分はがっかりするだろうと思った。
興坪は本当に小さな田舎街で、外国人が食事できる店も限られている。メインストリートに面したところに中国粥専門店があり、ここで朝食を取るのが私の日課になっていた。
中国粥といっても、広東以南によく見られる魚や鶏のだしがきいたものではなく、シンプルな白粥だ。そっけない味だが、夕食に脂っこい中華料理を食べた翌朝には、あっさりした粥が胃にやさしい。
白粥か、中身のない饅頭(マントウ)に豆乳という組み合わせが、その店の定番らしかった。中国北方でよく見られる朝食だ。食材が豊かな南方のエリアに比べると味気なく感じるかもしれないが、それもその土地の風景として見れば趣がある。
その日は、朝食をとってから昼近くまで森を散歩していた。ゲストハウスへの帰り道、たまたまその粥屋の前を通りかかると、道路に面したオープンスペースに彼が腰かけているのが見えた。
そのまま無視して歩き去るのも不自然かなと思い、「Hi」と声をかけて、彼の向かい側に座った。
「Hi!」と、彼はうれしそうに笑った。
「どこに行ってたの?」
「そこの田舎道を散歩してた。疲れたからゲストハウスに戻るところ。あなたは、今から食事?」
なんの話をしたかはあまり覚えていない。あまり長居したくなくて、お尻がむずむずしていた。
何度も繰り返しになるが、私は一人旅しているときに他の旅行者と行動を共にするのがあまり好きじゃない。相手が男性となればなおさらだ。これまでに不愉快な思いをしたこともある。だから、「いっしょにどこそこに行かない?」というセリフは極力聞きたくなかった。
そのときも、彼から「午後、いっしょに出かけないか」と誘われるんじゃないかと、気が気でなかった。「また、あとで」と、適当な会話で切り上げて、そそくさとゲストハウスに戻った。
夕方、またいつものように、青島ビールを買ってラウンジで一人飲み始めた。はっきりと約束をしたわけではないが、彼がまた来るような気がしていた。どっちみち、日が暮れてからは何もすることがない。
「晩御飯、もう食べた?」
と、まるで約束でもしていたかのように、自然に彼が声をかけてきた。当然のように私の隣に座って、ちゃっかり手にビールグラスも握っている。
三夜連続となると会話することもなくなりそうだが、私たちはいつまでも話題が切れることはなかった。
その日の昼間、偶然出会った粥店の話になった。
「私、いつも朝食はあの店で食べてる」
「僕もそうだよ」
でも、その割には今まで朝食のときに出会ったことはないなぁと考えながら、
「あそこのお粥、シンプルだけど、私はけっこう好きなの」
というと、彼はちょっとびっくりしたみたいだった。
「あの店、お粥があるの? 知らなかったな。僕、中国粥食べてみたい」
「そうなの。私、あの店はお粥の専門店だと思ったけど」
「みんなが食べていたお椀に入っていたのがお粥なのかな。っていうか、英語のメニューがないから、どんな料理があるか分からないんだよね」
確かに、完全に地元の店なので、英語メニューとかは無さそうだ。それでよくこの人はあそこで毎日食事できているものだ、とちょっと感心した。
「じゃあ、明日の朝、いっしょに行ってみる? お粥、注文してあげる」
と言ってから「しまった」と思った。
朝食をいっしょに食べるということは、その日一日行動を共にすることとほぼ同意味ではないか...。提案したことを後悔したものの、今さら引っ込めることはできない。
「本当?」
と、彼の顔が輝いた。
翌朝、あまり早すぎない時間にゲストハウスの受付で待ち合わせ、粥店のある大通りへ向かった。
粥店の門前には、一辺が一メートル以上もある大きな正方形の看板に、でかでかと「粥」の一文字が書かれていた。私には、どう見ても中国粥専門店にしか見えない。
「ほら、粥って書いてあるでしょ」と彼に向って言いかけて、「そうか、この人は漢字が読めないんだった」ということに気づいた。
西洋人の視点でもって店内を見回してみると、店の中にも外側にもアルファベットはひと文字もない。こんな店で、この人はよく一人で食事できたものだ、と改めて感心した。
ガラス戸で仕切られたオープンキッチンの一角に、お粥のセクションがある。大きな寸胴鍋から白い湯気がもくもくと上がっているので、すぐにそれとわかる。すでに二、三人の中国人が並んでいた。
「あそこのカウンターで、好きなものをトッピングするのよ」
順番を待ちながら彼に説明した。お粥のトッピングは店によって異なるが、ネギや香菜(パクチー)、中国漬物、豆板醤、塩漬け卵などが一般的だ。別に、中国ドーナツ(油条)を買ってお粥に浸して食べる人も多い。
「要两碗(2人前ください)」と注文すると、
「两碗,是吧。要不要豆浆?(2碗ですね。豆乳は要りますか?)」
と聞かれた。彼に豆乳は要るかと尋ねると「いらない」といったので、
「要一杯,有甜的吗?(1杯ください。甘いのあります?)」
「有(あるよ)」
後から知ったのだが、彼は豆乳や豆腐が少し苦手らしい。食べ過ぎるとお腹を壊すそうだ。
話によると、アジア人(黄色人種かな?)の腸は白色人種の腸よりもちょっぴり長くできているというのだけれど...。この説にどれほど信ぴょう性があるかは疑わしいが、アジア人の方が草食型にできているのは、あながち間違ってはいないのかもしれない。
興坪の街を出た後、次にどこを目指すのかという話になった。彼は北京から入国し、西安、桂林と観光して興坪にたどり着いた。そのあとは上海に数日滞在した後、モントリオールに戻るという。フライトはすべて予約済みだ。
当時、私は香港に住んでいた。桂林までは飛行機で入り興坪にバスでやってきたが、その後の予定ははっきり決めていなかった。
休暇が終わる前に香港に帰らなくてはいけない。私たちはバックパッカーだったが、時間が無限にあるわけではなかった。
いずれにしても、興坪から他の街へ移動するには、一度、大都市桂林に出る必要があった。
「明日か明後日の朝、桂林行きのミニバスが出るらしい。もし、そうならいっしょに行く?」
と、彼がいった。同じゲストハウスに泊っているペルー人女性旅行者からの情報だという。
いっしょに行くのはどうなのか、とも考えたが、どっちみち桂林には行かなくてはいけない。ミニバスがあるならうってつけだと思った。交通費も安くて済む。
「明日か、あさって? あまり早朝でなければ」
彼は、詳しい情報があったらシェアするよ、といった。
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